建築の歴史とは、時代性というもの、それを建物の様式として反映させた変遷のことであった。例えばインド。仏教建築が確立するまでの建築様式ではその形態化はかなり人間の行動に直裁なもので、プレーンともいえる躯体は必要に応じて壁をある時は穿ち、またあるときは閉じた。西洋において中世のゴシック建築は当時流付していたスコラ哲学の形態化だといわれ、煩瑣な思考に基づいた難解な造りーフライングバットレスを繰り返すという現象を招いていた。ところが、ゴシック建築の様式についてはその根拠とされていたスコラ哲学を疑問視する学者もいる。例えば中世当時のキリスト信仰は大きく威厳のあった方がいい。時代はできるだけ大掛かりな建築を欲した。そのため頑丈な構造体が求められた時どこまで手を尽くしても(どれだけフライングバットレスを繰り返しても)まだこの見たことの無い巨大な構造物を支えられる確信がなかったことに由来するとの説明のことで、建築はいつの時代も、社会の富や政治的背景を抱えながら実現されてきたことが、現在ではあるいは無下にされるかのごとく展開されている。物を作ることは人間の気持ちをどう伝えるかに関わるとしても、それでも物事には裏表があり、両犠牲があり、こうして主観は客観化されるようになるには19世紀を待たねばならなかったから、現代でいう建築がインフラなのかサービスなのかと問われているように、一神教は今ではそれを媒介とした人の集い方を問うものとなった。
中小企業にありがちな、過去最高の利益の追求を毎年更新することを目標とするのも、人間の欲求には限りがないからであるが、個人としては、まず低い欲求を満たしてから、徐々に高次な欲求を満たしていく際に、購入意欲は含まれている。
「建築のテオリア マンフレッドタフーリ著」
という著作に関しては、主には20世紀中期、ミッドセンチュリーの諸建築の様式を中心に歴史的空間の回復を解いたもので、20世紀建築史上の重要な書物と呼ばれ、ライトやコルビュジェの都市的展開や、バロックや新古典の建築議論が雑多に扱われているように思えて、1人の作家、1つの建築作品に焦点を当てたものではないので、様式の俯瞰にはなっても、現代建築へ示唆しているようには思えない。都市は新しい建築が古い街並みに付け加えられることによって、その積層というかけがえない都市の厚みという階層的に満たされていく必要な歴史的な都市の両犠牲を述べながら、現代建築の豊かさを表現していく。
テオリアとはその意味に、speculationとあり「(確実な根拠なしの)思索」なのだという。一方副題の「あるいは史的空間の回復」に関しては、本文中に述べられているように、イタリア合理主義が世を戦争状態に陥らせたことを、モダニズムに戦闘的意図を汲みながら、そうして建築の史的空間の回復を試みるのであるが、ライトとコルビジェを都市計画家として同一視していたり、ルドルフやカーン、(ヒィリップ)ジョンソンを歴史主義だと呼ぶような、ある建築家としては当てはまるし、またある建築家としてはそうとはいえない。つまり、歴史に爪痕を残した建築家に夢中なのであって、個々に建築家を扱いながら、その作品や時代背景、建築の構成要素、施主との軋轢や地域的な機能性が述べられていない。本書はその構成を読者に分かりやすく伝えるというより、徹底して批判のあり方を問うものである。
その批判の両犠牲に関しては、一般的には建築の作為に関する表と裏のことであるが、「確かにそれ自体は芸術的現象の世界を相反する二つの領域について、要するにイデオロギー批判になろうとする勇気の欠如であるし、真理と知、享受されるオブジェとは、このような意味では建築とは常に「ユートピアの建設」であった(p401本文より)」。両犠牲に対してアイロニーを意図した作品の批評的内容とは、「示すことよりもほのめかすことに、語られたことよりも暗示されたことに、否定することよりも逆説的に肯定することにあるのだ。」ーこうしてみると、詩的な現代建築を一瞥しているだけの本書の本題は、むしろそこにはなく、批判のありようを問うているようなのである。
合理的な基準というものも建築にはあるが、これは意味論的要素や類型学に属して全くの反動的な響きを帯びてくるのだという。建築のテオリアについて著者が拭いきれないのは、ヘーゲル的な弁証法から、中世のゴシック様式の擁護ではないかということである。重要なのは主観の客観化なのであって、精神生理的空間から数学的空間への移行による(p383第5章)。
建築のテオリアが見せる誤解を決定づけるものとは、ギリシャのパンテオンを商店として、中世の西洋の城が博物館という理解、今再生保存と呼ばれ、古い建物を改修する際機能を転用させるー街の歴史を未来につなげるという今では議論のなされている現代建築の再生という課題が、本書では「最近進んできたこの研究はp310。」とされるものである。争いからは何も生まれないので、意図が汲み取られなければならないから、「建築的コードp411」というのが出てきて、「記号学は、というよりも言語それ自体によって明らかにするのであるが。」ー建築を理解するにも表現するにも両義的なことであるから、批判の手段として、建築の価値と意味を、社会の中で実現を見るのだということの彼方にあるとした。「シャルトルのカテドラル、パッツイ家の礼拝堂、サン.テイーヴォ.アルラ.サピエンツア、ショーの製塩工場、サヴォア邸、シャンデイガールのキャピトルなどは、それらが社会的動向の中で即座的に及ぼした影響、その歴史的帰結といったものを超えたところにあるp401。」のだという。これは逆説的には、建物が存在するだけで価値を増していく「サイトスペシフィック」や、歴史的な時間の中で街並みの中で深みを増す前者とは別の「タイムスペシフィック」という改修保存の前提をなしている。
これだけ生産性の下がった日本の今の建築界で、それをあたかも予測するかの如く、本書の批判の方法とは述べられている。というのも、19世紀、アール・ヌーヴォーの時代もモデルニスモと呼ばれた。ガウディの様式は歴史的な位置付けは難しいと言われ、保存改修という批判なのか肯定なのかとともに、建築が社会の産物であるという意味で、ヴィトゲンシュタイン(哲学者)や、建築を芸術的コードで分析しようと主観の客観化をしないでいては保存も価値もないのであろうと、考えたこともないようなことを、ずっと夢中で考えている。ーそんな人のいることを、少し頭の中に置いておかねばならないという意味で、本書は未来につないだ。封建社会と近代主義の、父権性と女性の社会進出の、建築とはインフラなのかサービスなのかの、本書はかように両犠牲を秘めていて、弁証法なのか弁証法を批判しているのか定かでない。生産基盤の低い日本の社会の中で建築の生き延びる術とは以下のようなものである。
「ブルネレスキの革命とミケランジェロ、ボロミーニの逸脱との間にある懸隔とは、4世紀にもわたって豊穣化、拡大化、時に激化さえもする自己論駁を伴いつつ支配的になる新しい意味の宇宙を導入したものと、それへのポレミックを突きつけ、反逆し、表現の新しいテマテイックと構造とを考案しさえするものとを分ける懸隔と同じである。p409」
日本の生産性の低さは、ごく一部の特権階級が掌握していて、特徴のあるものは全て商業利用するという傾向からきている。その中で何ができるかが問われているのである。
美修_lan(ミシュラン)建築アトリエ
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